Vtuberなりたいおじさんの雑記ブログ。

ヨコヤマ。職なし、貯金なしが書いてます。アルコール依存症治療中。でも飲みの誘いにはホイホイついていきます。ボードゲームにハマってます。Mirrativ始めました。

自然に成立した女人禁制

スポンサーリンク

 求職活動中と言っても割と暇。暇だけどお金をあんまり使いたくないから、なにか金を使わずに時間を潰したい。

 でも、ネットばかりやってるのも「俺就活中なのになぁ・・・」という罪悪感に襲われて枕抱えて叫びそうになるので、建設的なものがいい。

 

 ということで図書館にやってきました。あんまり利用したことない。

 

 本は好きだけど学生時代から買うのが普通で、欲しい本は手元に置いときたい派。一時期は図書館とか図書室を「邪道」とまで思ってたけど、

 

 自分みたいな半端な本好きならまだしも、ガチの本好きや研究する人だったらそりゃあ全部買うなんてできないよなぁと実感しました。

 

 図書館すごいね。品揃え。高い本いっぱいあるし。買うほどじゃないけどちょっと読んでみたいんだよなぁ・・・新しい自分が開けるかもだし、みたいな本も手軽に手を出せる。便利。ちょっと遠くて車で来なきゃだけど来る価値あるね。

 

 んでブラブラ見てたら少し気になるタイトルが。いわゆる「女人禁制」を問題としてる本で、一時期相撲で騒がれてたなあというイメージ。

 

 パラパラめくってみると作者は女性で、どうやらどこかのお山の女人禁制を変える運動をしてるらしい。

 

 興味があるところだけ読んでみる。

 

 酒屋の杜氏は女人禁制だったらしい。お酒大好きだからちょっと読んでみると、これリスク回避のためには仕方ないのかもと思った。

 

 まず、昔の酒造りは今みたいに菌がどうのと判明していない。神様が与えてくださったもので人間の理解の及ばない領域のこと、だから「こうだ!」という確信が持てないし、うまくいく時とうまくいかない時がある。

 

 うまくいかなかったら全部パー。一度悪くなるとそこから立て直すことは難しい(発酵とか理屈が解明されてないから)。だからうまく行った時の再現に徹しようとする。

 

 神棚に火を絶やさない。臭いものは神様に嫌われるかもだから食べない。とかを積み重ねている時に、もしかしたら女性が入ったときに失敗してしまったのかもしれないし、入らない時にうまくいったのかもしれないし、穢れ感を引き合いに出して入るのは遠慮してもらおうとなったのかもしれない。

 

 そんなことがあって杜氏の女人禁制の第一歩は「リスク回避」なんじゃないか。人の理外にある神様が何に気を悪くするかもわからないし、生活への不安から「安全第一」となったんじゃないか。

 

 と読んで思いました。

 

 けどいろいろな禁忌も時代と共に迷進化、リスク回避にもなってないしきたりになってしまってるから、それを頑なに守ろうとするのが変に見えちゃうのかなぁ。 

 

 スタートがリスク回避なら、リスクが無くなったらOKにしちゃえばいいのにって外野は思っちゃいます。

 

 あと、お寺の女人禁制。これの始まりが一番しっくりいった。納得したし、自然だなと思った。

 

 そもそものところはわかんないけど、日本の奈良仏教では仏教の勉強してる人は異性間の性交渉をしちゃいけないとされてたらしい。

 

 異性。つまり男と女、お坊さんも尼さんもやっちゃダメ。

 

 それを文言にしたのが718年に発令されたとする「僧尼令」。特に11条と12条に注目。

 

 11条「僧が女性と寝たら罰するよ。尼が男性と寝たら罰するよ」

 12条「僧は尼寺に入っちゃだめよ。尼は僧寺に入っちゃだめよ」

 

 つまり僧寺は「女人禁制」、尼寺は「男人禁制」だった。

 

 それが時代が経つに連れて女性の出家制限で尼寺が減っていって「男人禁制」が見られなくなり、僧寺ばかりになって「女人禁制」だけが残ったんじゃないか。

 

 割と始まりは平等というか、自然だなぁという印象。もちろん、尼寺の責任者が僧だったりと結局尼だけの自治ではないらしいので、真に僧寺と尼寺とが対等だったとは思わないけど、

 

 スタートだけを考えると割と納得行くような気がする。

 

 あと仏教の女人禁制には「修行の妨げになるから」という理由がある。それが現代の価値観にはそぐわないというのも分かる。

 

 だから女人禁制を頑なに守るのではなく、「修行の妨げになるから」という看板をもっと大きくしたらいいのにって思っちゃう。

 

 女性は来ないでね、ではなく、邪魔しそうな人はだれも来ないでね。

 

 「関係者以外お断り」でいいのに。